「自己責任」のひずみ~「香君」レビュー~

「不思議ね。―この世は無情で、動けぬ木は樹皮が剥げれば立ち枯れていく。でもこうして周りが手を差し伸べてくれて、守られることもある」
「ここに来るたびに、思うの。多くの他者が互いに手を差し伸べあっていることの意味を。弱いものを見放さず、手を差し伸べることが、何を守るのかを」

守り人シリーズからすっかり上橋菜穂子さんにはまり著書を読むようになりました。
今回は優れた嗅覚を生まれながらに持ち、香りでいろんなことが分かってしまう少女アイシャの話。


そして、香を読み解けないのに香君として生きたオリエが重要な登場人物として出てきます。香で様々な事象を解き明かしてしまうアイシャとそれができないオリエ。しかし、物語は二人を相対させるのではなく、それぞれが持つ苦悩を描き、交差させることで読者に現実を解釈させていきます。

上述の言葉はオリエの言葉で、読後もたびたび反芻しています。
世の中、不幸な人生を生きる人々はたくさんいます。すべての人に手を差し伸べることは不可能です。しかし情報として人の不幸を目にする機会も多い。これをどう解釈すればいいのだろうか。

近年、折り合いをつける言葉として自己責任という言葉が言われるようになりました。

自己責任という論調を見るたびに、より社会が孤独になっていく、孤独が正当化されていくそういう印象を持ってきました。

健全な社会とは何か、組織とは何か、家庭とは何か、友情とは何か。

困っているものに手を差し伸べることが何を守るのだろう。苦しい人生を生きた彼女だからこそ、「自己責任」だけでは決して守れないものがあるということを示したかったのではないかと思うのです。

物語ではなく現実を生きる私もこの言葉をいつも心にとどめておきたいと思います。

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