パンデミックが始まってそろそろ1年半。パンデミック前もシンガポールではEP(就労ビザ)がとりにくくなっていた。例えばすでに2019年にはどんなに利益が出ていてもシンガポール人を雇っていない飲食店のビザはとりにくくなっていた。そしてパンデミックに入り、ますますEPの取得が厳しくなっている。
EP取得のハードルが上がっているのはシンガポール人の雇用をおしあげるため。政府としてはホワイトワーカーの仕事をシンガポール人に振り、ブルーワーカーの仕事を外国人に振りたいということだろう。でもEP取得ハードルを上げたところでその目的は達成できないのではというのが今日のお題。そもそもEP保持者はシンガポール全人口の5%程度(前記事参照)に過ぎないということと、コロナによるオンライン化で国境を越えた仕事が劇的にやりやすくなったためだ。
昨年、私の会社は全従業員の25%をリストラし、全世界で部門の再編成を行った。おそらくほぼ全ての従業員が気付いているけれど、オンラインでの仕事環境が整った今、国境や時差を超えての部門編成が可能になった。要はどうしてもその国でやらなければならない仕事というのが劇的に減ってしまった、もしくは減らすことができると皆が気づいてしまった。例えばうちの会社にはコールセンターがある。顧客の問い合わせに24時間対応できるよう、ヨーロッパとアジアなど各5地域で問い合わせに対応している。しかし、問い合わせのオンライン化を急激に進んだ今、例えばスペインで8時間前に起きたケースをアジアで処理するということが起きている。顧客にしても電話よりもメールの方が楽な場合というのは当然あるので、どうしてもその地域で、その時間帯にさばかなければならない仕事というのが激減した。だから、EP取得を厳格化したところで、採用条件に合う他地域の人を雇えばすむと本社が判断しても何もおかしくはないということだ。
そしてもう一つはシンガポールが外資誘致で発展している国であること。先月の8月にリー・シェンロンが『外国人の雇用がシンガポール人の雇用を生み出す』と発言した通り、外資誘致はこの国の重要な経済政策である。そして外資誘致に頼る以上、本社機能の移転というのはシンガポールにはおこらない。
例えばうちの会社はシンガポールによくある地域統括会社である。Regional Head Quarterというとものすごくいろいろな権限があるように聞こえるけれど、実際は違う。シニアマネージメントはすべて本社のあるヨーロッパが握っている。ではうちの会社にいるNUSやNTUを出た人、まさにシンガポールが思う『高度人材』はどうしているのかというと、本社のあるヨーロッパへの異動を願いでている。昨年、うちの会社から本社に移った女性がいた。NUSを卒業して、長らくダイレクターのポジションにいたわけだが、シンガポールでは彼女のような人材がはまる仕事はなく、本社への異動となった。シンガポール政府が熱望する高度人材を満足させる仕事はシンガポールの拠点には割り振られていないということだ。
どこの国も絶対に高付加価値機能(経営企画系、開発系)は国外に出さない、出したとしても自国民で固める。なのでEPの取得をいくら厳しくしても、自国発の企業を育てない限り、NUSやNTUを出た人材を吸収できない。以上私なんかが考えることはとっくにシンガポール政府は分かっているだろうから、自国民の保守的な反応を抑えるのにどこの国もすごく苦労しているというのが私の感想である。